大井川鉄道1979・8
その3 新金谷

最後はお約束の車庫訪問。
当時は庫の中にこそ入れなかったものの許可を得れば構内撮影も可能だった。
撮影日 1979年8月10日


運用を終えたE101と川根路編成が側線で休んでいる。
ホーム柱の立て看板は海水浴場への臨時バス案内。


電車改造客車ナハフ505、乗務員扉横に5号車の表記が見える。
当初3連で運転を始めた蒸機列車だが、人気で客車が不足して増結用にクハ505を1977年に改造したもの。
扉配置からも分かるように元は富士身延鉄道のクハユニ303、国鉄買収ののち大井川に譲渡、クハ505となった。
当時は編成美を乱すためこの車が付くのを嫌っていたが、よくヒトコマだけでも形式風に撮っていたものだ。
今見るとお椀形ベンチレータ、2段シル、クロスシートに合わせて並ぶ狭窓となかなか味のある車だ。


E102、本線をクハ512の急行が通過中。


E102


この日は運用がなかったC11227。
標茶で撮影してから4年半ぶりの再会だった。






C12164、この機関車とも木曽福島以来5年ぶりだった。


2本並んだ元名鉄3800系。
左はクハ2829+モハ3829、1972年の譲渡車でこのときはまだロングシートだった。
右はクハ510+モハ310、1970年3800系譲渡車第一陣で番号は在来車の続番で登場。
転換クロスの急行用で当初は「すまた」のペットマークをつけていた。


クハ6050「あかいし」とともに北陸鉄道加南線から来た「しらさぎ」クハ6061。
初期アルミ車で廃車後は里帰りして山中温泉道の駅の保存された。


クハ511+モハ311、元西武の371系、その前は鋼体化国電モハ50。
1976年に大井川に入線したが、その後2扉クロスシート化された。


元小田急のモハ1906+あかいしが金谷に向けて発車。
当時は車庫横にもお茶畑が広がっていた。


「しらさぎ」とともに北陸鉄道から来た6000形は600V仕様のカルダン車だったため昇圧改造がされず
クハ×2となりモハに引かれて使用されていたが、3連ということでワンマン化されず1996年に廃車された。


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