鹿島臨海鉄道 1983・11


鹿島線鹿島神宮駅から一駅先の北鹿島貨物駅を経由して鹿島港南まで
1978年から1983年の6年間だけ旅客営業が行われていた。
成田空港へのジェット燃料輸送の見返りとして行われたのだが
一日平均乗客10数人から20人ほどという信じられない数字が残っている。
11月30日の旅客営業廃止目前の訪問だったが
乗車した列車の乗客は片手で数えられるほどだった。
撮影日 1983年11月21日


鹿島神宮駅に到着する124D キハ単行の3往復運転だった。


島式ホームの鹿島神宮ではあやめ2号と接続していた。


車両は元国鉄キハ10を譲渡、キハ1001・1002として使用されていた。


車内はモケットを張り替えるなど整備されていた。
これはまだ停車中だが、結局乗客は増えなかった。


当時は大洗鹿島線は未開通、北鹿島(現鹿島スタジアム)でスイッチバックしていた。
国鉄のDD51887と鹿島臨海のKRD3が並ぶ。


途中駅神栖ではタブレット交換も行われていた。


神栖を発車した列車の車窓から。ホームは1面のみ。


旅客営業終点の鹿島港南に着いた列車は少し先の貨物駅知手まで回送して折り返す。
知手駅の場内信号機が見える。


看板だけはやけに立派な鹿島港南駅




鹿島港南駅時刻表。
行先のとなりが消してあるのは接続列車が記入されていたのがダイヤが変わったからだろうか。
12時59分着の123Dに乗ってきたわけだが、帰りは17時10分までない。
仕方なく神栖まで歩いて車庫を訪問した。


車両は知手から一旦神栖まで回送される。
鹿島港南を通過し神栖に向かう回送列車。

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